2016年07月15日

スポーツにも精神ど根性論はもう古い?

時代は変わります。


僕が子供の頃、学生の頃は、まだまだ日本人特有の精神ど根性論が当たり前にありましたし、常識となっていましたから、何でも「気合い」の一言で済んでいたわけですが、当然真夏の炎天下の中でも、部活中は勿論お茶や水は補給させてもらえませんでしたし、それはそれで何とか皆やっていました。

が、今は熱中症対策や効率的に練習するために、こまめに休憩を挟んだり、水分補給をするのも当たり前になりました。

近年、プロ野球でも度々話題になる投手の登板間隔や投球数の規定をメジャーリーグのように設ける意見が出てきました。

中4日も当たり前だった時代から、中6日にした方が良いのではないだろうか?という意見や、昔は先発投手は完投して当たり前だったが、今は7イニング投げれば上出来で無理して完投にこだわる必要もないという意見も当たり前になりました。


高校野球でも、準々決勝、準決勝、決勝と、三連投するのが当たり前だった時代から、近年は変わりつつあります。


さて、こういった選手の身体を守るために、今まで常識とされていたことも、どんどん転換期が訪れているのがスポーツの世界に限らず世の中全体の流れのようです。

膝を痛めるため、ウサギ跳びの禁止や事故の多さからの、体育の授業の柔道への否定論、部活動の全体的な練習量の低下、これらも全て故障を防ぎ、選手、子供達の身体を守るための対策です。

古き論は必ず新しき論に負けるのが時代のセオリーですから、最終的には必ずメンタルが結果を左右したり大切になるのがスポーツの世界であり、こういったメンタルを鍛えるためにも、まだまだ精神ど根性論も必要だとする古き論や、昔は今と比べても遥かに練習量が多く、そのおかげで得るものも多かったわけですから、もっと練習量を増加させるべきだという古き論は、全て新しき論である、「そんなものはもう古い、時代遅れ、効率的ではない」、と否定されてしまいます。


以前にも書きましたが、野球で言えば、唯一結果を出して認められたのは、オレ流の落合博満さんくらいでしょうか(練習量が多くて有名)。


様々なスポーツで、古きを大切にするのか、新しきを大切にするのか、の指導者の考え方等で、選手の故障率や伸び率にも大きく関係してきますから、指導者、選手側、両面がよく考えてスポーツと向き合い楽しく続けていってほしいとは思います。

今回はあまり深い話までは書きませんが、また勝手な持論を書いていこうかと思います。


posted by やんたろう at 18:36 | Comment(0) | 練習量 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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